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足立簡易裁判所 昭和45年(ハ)147号 判決

原告 岸三郎

〈ほか三名〉

右四名訴訟代理人弁護士 小倉重三

小林茂実

被告 西村トキ

右訴訟代理人弁護士 芦田直衛

主文

一  被告は原告らに対し、

(一)  別紙目録記載の第一の一の土地のうち、同図面表示のA・B・C・D・Aをそれぞれ直線で結んだ区域内を原告らが通行することを妨害してはならない。

(二)  別紙目録記載の車庫のうち、右の範囲内地上部分および同図面表示の場所にあるトタン塀を収去せよ。

二  原告らのその余の請求を棄却する。

三  この判決は右一項の(二)に限り仮に執行することができる。

四  訴訟費用は五分し、その二を原告らの負担とし、その余を被告の負担とする。

事実

第一申立 原告ら「被告は原告らに対し、(一)別紙目録記載第一の一の土地のうち図面表示のA・B・F・E・Aをそれぞれ直線で結んだ区域内を原告らが通行することを妨害してはならない。(二)別紙目録記載車庫のうち、右範囲内地上部分および同図面表示の場所にあるトタン塀を収去せよ」との判決。

被告 「原告らの請求を棄却する」との判決。

第二請求原因

一  別紙目録記載第一の各土地は訴外瀬田作吉の所有であったが、原告岸は昭和二三年二月二八日同目録二および三の各土地(以下原告岸所有地という)を、被告の亡夫である西村正三(以下正三という)は同年九月二二日右両地の東側に接する同目録一の土地(以下被告所有地という)を、それぞれ右訴外人から買い受け、被告は正三から所有権を承継した。原告内田・同鈴木・同深井らは原告岸が右土地の所有権を取得する以前より右訴外人から建物所有の目的で右原告所有地内の一部を区分して賃借し、それぞれ住居用の建物を所有し、現在居住しているのである。

二  原告岸は土地所有者として被告所有地のうち、別紙図面記載のA・B・F・E・Aをそれぞれ直線で結んだ範囲(以下本件通路という)につき、これを使用できる次の権利を有する。

(一)  原告岸と被告の亡夫正三は、原告岸が本件所有地を第三者と賃貸借契約していることを前提として昭和二五年一〇月八日本件通路の西側部分間口三尺・奥行一〇間三尺を使用目的は通行のため・地代は年額二五〇円・地代改定期間を一〇年・期間は原告岸および土地賃借人が本件通路を必要としなくなるまで、とする内容の賃貸借契約を結び、同時に右土地に接する東側部分間口三尺・奥行一〇間三尺の範囲についても原告岸およびその借地人の通路とする旨の無償の通行地役権を設定したのである。ゆえに右両地を合せると別紙図面のA・B・F・E・Aを直線で結んだ本件通路が形成されるのである。

(二)  原告岸所有地のうち、原告内田・同鈴木・同深井らの居住部分はいわゆる袋地であるから最少必要限度として本件通路全部につき通行権を有する。そうでないとしても、少なくとも民法二一三条の準用によって本件通路に通行権を有する。

(三)  原告岸の前所有者である瀬田作吉が地主であったころ、借地人全員のために本件通路部分を通行の用に供するため特に空地としていたものであって、当時借地人の一人であった被告の前主正三は、右のことを前提としてその東側五〇坪を瀬田から借地していたものであり、その後本件通路を含む別紙目録第一の一の土地を瀬田から買い受けたのであるから、本件通路を通行の用に供する義務を承継したものである。

(四)  本件通路は市街地建築物法(建築基準法の施行によって廃止)にいう建築線に該当するものである。すなわち、原告深井が昭和二一年原告岸の前主瀬田から借地として建築するため建築許可申請をするにさいし、本件通路を建築線指定を受けたうえで許可になったものであるから、その効力は現在においても消滅していない。よって原告岸は瀬田の承継人として本件通路に通行権を主張できるのである。

三  原告内田・同鈴木・同深井らは、原告岸から同原告所有地を建物所有の目的で賃借している者であって、本件通路を使用できる次の権利を有する。

(一)  原告岸が主張する前示二の(一)の事実を同原告からの土地賃借人として援用する。

(二)  原告内田・同鈴木・同深井らは原告岸の前所有者時代から建物所有の目的でそれぞれ別紙目録第一の二・三の土地の一部を賃借し同地上に建物を所有して居住している者であるから、公道に接する関係からいえば袋地に該当するので民法二一三条の準用によって本件通路部分に通行権を有する。

(三)  原告内田・同鈴木・同深井らは、原告岸の賃借人として、前記二の(三)(四)によっても本件通路を使用できるのである。

四  被告は本件通路の別紙図面の場所に別紙目録記載の車庫とトタン塀を設置して原告らが本件通路を使用できないように妨害している。

五  よって原告らは前述の権利に基づいて前記申立の裁判を求める。

第三 請求原因に対する認否と抗弁

一  請求原因一項の事実は認める。

二  同二項(一)の前段の事実は一〇年間が賃料改定期間であるとの点および賃貸期間の点を除いて認め、後段の事実は否認する。なお、原告主張の通路に関する契約は境界線を中心として原告岸と被告(前主正三)がそれぞれ幅三尺・奥行一〇間三尺の土地を出しあい(被告提供分は期間一〇年とする賃貸借)これを共通の通路とするものであった。そして同契約には期間満了後原告岸所有地内に通路開設の特約を付したのである。なお、原告岸・被告所有地の境界は原告岸の主張するA・Bの線よりも西側四〇センチのところである(A点の西にある「シガラミ」の埋木が基点)。

同項(二)の事実は否認する。もともと原告岸所有地には境界線に接して原告深井所有建物の前に幅約三尺・公道に接する訴外高橋栄光宅横(すなわち境界線側)に六尺の余裕があったのである。

同項(三)の事実のうち、被告の前主正三が瀬田作吉から原告主張の土地を賃借していたこと、その後これを取得したことは認めるがその余の事実は否認する。

同項(四)の事実は否認する。原告の主張する範囲が原告主張のころ単なる空地であったにすぎない。

三  同三項(一)の事実についての認否は前記二の(一)に対するのと同一である。

同項(二)の前段の事実は認めるが後段の事実については前記(二)の(二)に対するのと同一である。

同項(三)の事実についての認否は前記二の(三)・(四)に対するのと同一である。

四  同四項の事実のうち、被告が原告主張の車庫とトタン塀を設置していることは認める。

五  抗弁

(一)  原告ら主張の、原告岸と被告の前主正三間の本件通路のうち賃貸借部分は昭和三五年一〇月八日期間の満了によって終了した。

(二)  仮に期間満了によって消滅しないとしても、更新後の賃貸借は期間の定めがないものであり、かつ被告は賃料の受領を拒絶することによって異議を述べていたので、民法六一七条によって昭和三五年一二月二九日解約の申入をしたので、原告岸と被告間の賃貸借は同三六年一二月二九日終了した。

第四 被告の抗弁に対する認否

(一)の事実につき、一〇年間の期間は賃料の改定期を定めたのである。

(二)の事実につき、被告主張の解約申入の事実は認め、その余は否認する。

第五 証拠関係≪省略≫

理由

一  原告岸が別紙目録第一の二および三の宅地を、被告の亡夫正三がその東側に接する同目録第一の一の宅地を、それぞれ原告主張のころ訴外瀬田作吉から買い受け、その後被告は正三から承継取得したこと、原告岸が所有権を取得する以前原告内田・同鈴木・同深井らは、いずれも右瀬田から建物所有の目的で目録第一の二および三の土地の一部を賃借しておることは当事者間に争いがない。

二  原告らが主張する本件通路の契約による権利関係について、本件通路が被告所有地の一部に属することは当事者間に争いがない(被告は被告所有地と原告所有地との境界は原告岸主張のA・B線よりも四〇センチ西側の線であると主張するのであるが、いずれにせよ本件通路が被告所有地の一部に属することにおいて変りがない)。

(一)  本件通路の西側半分の区域すなわち公道に接する部分の幅九〇・五センチ・奥行一七・五メートルの範囲(以下西半分という)につき原告岸主張のころ、原告岸と被告の亡夫正三との間に、その主張の内容の賃貸借契約をしたこと、(ただし期間の点を除く)およびその契約は原告内田・同鈴木・同深井らが原告ら主張のとおりの借地権者であることを前提としてなされたものであることは当事者間に争いがない。

(二)  右西側半分と同面積で東側に接する範囲(以下東半分という)につき原告は右認定の西半分についての賃貸借のさい同時に原告所有地のため無償の通行地役権を設定したと主張するけれども、≪証拠省略≫を綜合すれば、右認定の契約当時においては下水溝(現在のU字溝)をはさんで原告岸所有地と被告所有地(当時は正三)との間は四メートル以上の空地になっていた事実が認められ、この事実からすれば、通路として被告が容認したのは前示認定の本件通路の西側半分であったと解するのが相当であるから、原告らの主張にそうともみられる≪証拠省略≫は採用できない。その他に原告ら主張の地役権設定の事実を認める証拠はない。

三  原告らが主張する原告岸の前所有者瀬田作吉が本件通路の使用を容認していたかについて

本件の各証拠によれば瀬田作吉が所有していた当時においては、本件通路一帯が空地であったし、同人の単独所有であった関係もあって事実上放任していただけであって、原告の全立証によっても、契約に基づく権利関係として本件通路の使用を容認していたことを認めるに足りる証拠はない。

四  本件通路のうち東半分は袋地通行権の対象となるかについて、

≪証拠省略≫を綜合すれば、原告所有の一七八八番ノ一と一七九一番ノ二の土地は境を設けない地続きの一体地となっておるのであって東側は被告所有地に接しており、北側は関原小学校のコンクリート塀に接し、西側は第三者所有地で同地上には住宅が密集している。そして南側は公道に接しているのであるが、公道に接する部分は訴外の高橋栄光・佐伯某らが原告岸から賃借して建物を所有しており、原告鈴木と同深井らと右高橋らとの借地境にはトタン塀を設けているため、結局原告内田・鈴木・深井らの賃借地は公道との関係では袋地といえる状態であることが認められる。しかして本件のように一人の所有者から一個の土地(登記簿上は本件のように二筆となっていても、右認定のような状態のときは客観的に一筆一個とみるのが相当である)を二人以上の者が区分して賃借することになると、奥地の賃借地を単位としてみる場合には、客観的にいわゆる袋地同様の形態になるけれども、そうなったからといって、これに接する他人(本件では被告)の土地に袋地通行権を有することになるとは解せられない。というのは、二人以上の借地人の借地範囲によってこのような結果が生ずる場合には、特別の事情がないかぎり賃貸人において自己所有地を利用して別途に通路の開設をするのが相当であるというべきだからである。そして本件においては検証の結果によっても、原告岸所有地内に通路を開設できない事実上の障害は存しないといえるのである。したがって原告岸は本件所有地の一部が公道に接しているのであるから、その一部を賃貸しているからといって、これを基準として袋地といえないことはもちろんのこと、民法二一三条を準用する余地もないといわざるを得ないから、原告岸の所有者としての袋地通行権の主張は理由がない。つぎに、原告内田・同鈴木・同深井らの主張する民法二一三条の準用による袋地通行権の主張について検討するに、前示認定のように、同一の所有者に属し客観的にも一体化している土地を二人以上の者が区分して借地した場合において、事実上袋地となった借地人が他の借地人(本件の場合前示認定の高橋栄光・佐伯某ら)の借地の一部を通行できる限度で借地人相互間に民法二一三条の袋地通行権が準用されると解することはできるが、本件の場合原告内田・同鈴木・同深井らが賃貸人でない隣地の所有者である被告の所有地に対して袋地通行権を主張することはできないと解するのが相当である。ゆえに同原告らの民法二一三条の準用による袋地通行権の主張もまた理由がない。

五  原告ら主張の「建築線」について、

≪証拠省略≫を綜合すると、原告深井正三が昭和二一年一二月東京都長官にあてた旧市街地建築物法によった建築申請書によれば、本件通路を含めた公道面で原告岸所有地にあたる部分を含めて間口(幅)九尺とし、奥行はほぼ原告の主張する長さの範囲を「建築線」とする旨の記載がなされたうえでこれを受理されたこと、および「建築線」というのは、公道に面しない宅地に建築する場合には必らず設置しなければならず、当時少なくとも幅員一、八メートル以上の延長線であることを要件としており、その要件を備えるものとして認められた「建築線」は、その部分の土地所有者に変動があっても、いわゆる私道としての使用に供するものであることが認められる。そして右のように特定された「建築線」は、現行の建築基準法第四二条二項による「道路位置指定」がなされたものとみなされるのである。右の関係を本件についてみるに、≪証拠省略≫を綜合すれば、前記認定のように深井正三が建築申請をした当時においては本件原告岸および被告の各所有地は瀬田作吉の単独所有に属していたので間口九尺というのは図面上そうしたのであって、その後原告岸および被告がそれぞれ分割して所有権を取得したので、建築基準法が施行されることになった関係もあって、両地間の通路を最小限度の一間(一・八一メートル)に符合するように利用関係を明確にするため前示認定の通路に関する契約がなされたものであることを認めることができる。この認定を動かすだけの証拠はない。そこでこれを本件の空地にあてはめると契約当時存在した下水溝(現在のU字溝)の中心線から原告岸と被告がそれぞれ三尺ずつ出しあった計六尺幅の範囲について「建築線」指定の効力が存続しているものというべきである。この中心線につき被告はU字溝の中心線の西側四〇センチの場所にある「シガラミ」の位置を基点とした線を基準にすべきであると主張し、これにそう≪証拠省略≫があるけれども、その他の各証拠によれば、従来存在した下水溝と同一場所に現在のU審溝を設置したのであって、その下水溝の中心を両地の境にしていたことが認められるので、被告主張の線を基準とすることはできない。

六  本件通路の西側半分(前示認定のU字溝の中心から東へ九〇・五センチ幅)についての賃貸借は消滅したか、

以上に示したとおり、本件通路の西側半分は「建築線」の効力が存続している部分であるが、一面前示認定のように原告岸三郎と被告間の賃貸借の対象でもあるわけである。このような賃貸借は一般の土地賃貸借と異なって、賃貸借とはいうものの当事者を規律する法律的制約は有償の通行地役権設定と同一の効果を有するものと解するのが相当である。契約当事者の趣旨もそうであったことは≪証拠省略≫によってもうかがえるところである。したがって前示「建築線」すなわち、本件通路の西半分を通路として廃止するのを相当とする特別の事情が存在しないかぎり(この点については何らの主張がない)、前示認定の本件通路に関する賃貸借を解約することは許されないものと解すべきである。ゆえに、その他の事実につき判断を加えるまでもなく、被告の抗弁は理由がない。

七  原告内田・同鈴木・同深井らの本件通路の使用権について、

同原告らが、原告岸から賃借した地上に建物を所有して、現に居住していることは当事者間に争いがない。前示認定のように実質的には原告岸所有地を要役地とする通行地役権の設定とみられる本件では、土地賃借人は、賃借権の従として賃貸人の有する通行権を行使できるものというべきである。

八  車庫等の収去請求について、

被告が本件通路上に原告ら主張の車庫ならびにトタン塀を設置していることは当事者間に争いがない。右の状態はとりもなおさず原告らの通行を妨害し、通行権の行使を奪ったものということができる。よって被告は原告らに対し、本件通路の西半分すなわち、別紙図面のA・B・C・D・Aを結んだ区域上に存在する部分の車庫および同図面表示の場所に設けたトタン塀を収去する義務があるといえる。

九  本件通路の妨害の禁止について、

前示認定のように原告岸は本件通路の西半分、すなわち、別紙図面のA・B・C・D・Aをそれぞれ直線で結んだ区域内につき通行権を有しており、他の原告らもその権利を行使できるのであるところ、被告は右のように現にこれを妨害しておるのであるから、妨害の禁止を求める原告らの本訴請求は右の範囲内の限度において理由がある。

一〇  よって原告らの本訴請求は右認定の限度内で理由があるのでこれを認容し、その余の請求は理由がないので棄却することにし、訴訟費用の負担と仮執行の判断を加えて主文のとおり判決する。

(裁判官 安倍武)

〈以下省略〉

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